腎臓教室 Vol.112(2020年8月号)

Diabetic Kidney Disease: DKD
糖尿病性腎臓病とは

糖尿病が原因の腎臓病は、従来は「糖尿病性腎症」と呼ばれていましたが、最近、「DKD(糖尿病性腎臓病)」という言葉を聞くことがあります。 今までとどこか違うのか? 治療や検査に変わりはないのか? 早期に発見するにはどうしたらよいか?、教えていただきました。

日本大学 腎臓高血圧内分泌内科 主任教授 阿部 雅紀 先生

1.糖尿病性腎症とは?

 糖尿病性腎症は、糖尿病性網膜症、糖尿病性神経障害とともに、糖尿病の細小血管合併症と呼ばれます。いずれも高血糖によって発症します。糖尿病性腎症は、糖尿病を発症してから長い期間をかけ自覚症状がないまま進行します。悪化すると腎臓が働かなくなる腎不全となり、透析が必要になることもあります。糖尿病性腎症は1998年以降、新たに血液透析を始める原因の第1位となっています。

2.糖尿病からなぜ腎臓が悪くなるの?

 糖尿病を発症し、高血糖の状態が続くと、糸球体を形作る毛細血管が傷害を受けます。そのため、糸球体から蛋白質であるアルブミンが微量に漏れるようになります。しかし、この段階ではほとんど自覚症状がないため、放置しておくと、糸球体の構造が壊れ、多量の蛋白質 (アルブミン以外の蛋白質も) が漏れるようになり、その後腎機能が比較的急速に低下し、血液が十分にろ過されず、老廃物が身体に溜まるようになり腎不全の状態になります。

3.腎機能の検査方法

 腎機能の指標となる検査には、尿検査や血液検査などがあります。

尿検査 蛋白尿、血尿 尿に蛋白質や赤血球が混ざっていないかなどを調べます。
尿中アルブミン排泄量 糸球体の毛細血管の傷害が進行すると、初期の時点で蛋白質であるアルブミンが尿中に認められるようになります。尿中アルブミン排泄量が3 0 ~ 2 9 9 m g / g C r の場合は微量アルブミン尿と呼ばれ、糸球体や尿細管の傷害が進んでいることが考えられます。傷害が更に進み、尿中アルブミン排泄量が3 0 0 m g / g C r を超えると顕性アルブミン尿と呼ばれます。
血液検査 糸球体ろ過量(GFR)
推算糸球体ろ過量(eGFR)
糸球体のろ過量を正確に調べるためには、24時間の蓄尿や採血が必要です。しかし、時間がかかり、患者さんの負担も多い検査のため、1回の血液検査でわかる血液中のクレアチニン濃度を年齢や性別で換算した推算糸球体ろ過量(eGFR) を用いて糸球体のろ過量を評価しています。eGFR が60mL/分/1.73m2未満になると慢性腎臓病(CKD)と診断されます。eGFR が30mL/分/1.73m2未満になると腎不全と診断され、eGFRが10mL/分/1.73m2未満で透析が必要となります。

4.糖尿病性腎症の病期 (ステージ)

 糖尿病性腎症の病期は、尿中アルブミン排泄量と糸球体ろ過量などを考慮し、第 1 期(腎症前期)、第 2期(早期腎症期:微量アルブミン尿期)、第 3 期(顕性腎症期:顕性アルブミン尿期)、第 4 期(腎不全期)、第 5 期(透析療法期)に分けられます。第 1 期(腎症前期)は GFRが正常で蛋白尿も出ていないので、正常です。
 典型的な糖尿病性腎症の自然経過は、糖尿病発症から 5 ~ 10 年を経過する頃から、尿中に微量アルブミンを認めるようになり(第 2 期:微量アルブミン尿期)、10 ~ 15 年後には顕性アルブミン尿期 ( 第 3 期 ) となり、その後腎機能が低下し、腎不全期 ( 第 4 期 ) ~透析療法期 ( 第 5 期 ) に移行します(図 1)。そのため、糖尿病性腎症の早期発見のためには GFR が正常にもかかわらず、アルブミン尿が検出される第 2 期が重要と考えられていました。アルブミン尿が検出されると、将来の GFR の低下(透析まで至る患者さん)を予測することができるからです。

5.糖尿病性腎臓病とは?

図2

 糖尿病性腎症については、血糖、血圧、脂質、肥満ならびに生活習慣を多面的に管理する集学的治療により、その発症や進展が抑制されることが示されており、標準治療の普及が進みました。1988 ~ 2014 年の米国の健康栄養調査でも、血糖降下薬、高血圧治療薬、脂質異常症治療薬の使用率が経年的に増加するにつれ、HbA1c 値、血圧、コレステロール値は低下しており、集学的治療が浸透していました。そして、その結果として、アルブミン尿陽性の患者さんの割合は低下していました。しかし、その一方で、GFR だけ低下している患者さんの割合は増加していました。これは、糖尿病患者さんに対する高血圧治療により第 2 期~第 3 期の治療が長期化している影響、および糖尿病患者さんの高齢化が背景にあるものと推定されます。特に、血圧管理をしっかりおこなうことでアルブミン尿が出にくくなりますので、高血圧治療が浸透した影響が考えられます。実際、1990 年当時は、糖尿病から透析を開始する患者さんの平均年齢は 50 歳代後半から 60 歳でした。しかし、わが国は高齢化しており、現在では糖尿病から透析を開始する患者さんの平均年齢は 70 歳近くになっています。そこで、典型的な糖尿病性腎症(アルブミン尿が先行し、GFR が低下するパターン)に加え、アルブミン尿を伴わずに GFR が低下する(GFR 低下が先行し、後にアルブミン尿が検出されるパターン)非典型的な糖尿病関連腎症を含めた概念として糖尿病性腎臓病(DKD)という言葉が使われるようになりました (図2)。
 アルブミン尿や蛋白尿などの尿異常が検出される前に GFR の低下が先行するため、血液検査で eGFR を測定することが早期発見につながります。そのため、尿検査と血液検査を同時におこなっていくことが重要となります。

 DKD は新しい病気ではなく、糖尿病患者さんの腎臓病の意味であり、これまでの糖尿病性腎症と考えてよいと思われます。

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