腎臓教室 Vol.125(2023年7月号)
より良い治療のために患者さんも治療方針の決定に参加する共同意思決定
共同意思決定(Shared Decision Making, シェアード・ディシジョン・メイキング)という言葉を聞いたことがありますか?より良い医療を進めるためには、患者さんが医師の言われたとおりにする「お任せ医療」ではなく、自分の病気や治療方法について理解し、治療方針を決めたり治療を実施する時も積極的に関わっていくという「医療への患者参加」が重要視されています。
監修:小松 康宏先生
板橋中央総合病院 副院長・群馬大学 名誉教授
患者さんの生活スタイルや価値観が重要
共同意思決定は、医療上の重要な決定を下す際に、医療者と患者さんが話し合って最良の選択をしようというもので、「治療方針決定への患者参加」と言うことができます。表1に英国の「共同意思決定の定義」を示しますが、身近な問題から、将来の問題まで、医療者と患者さんが、医学的情報と患者の価値観をあわせて考えていくものとなっています。
私たちは日々、色々な決定を迫られます。今日は何を着ていこうか、夕食は何にしようかといった簡単な問題もあれば、がんの患者さんが、手術療法、薬物療法、放射線療法のどれにするか、腎臓病が進行した末期腎不全では、透析療法を開始するかどうか、透析療法をする場合に、クリニックに通院する血液透析にするか、自宅でできる腹膜透析にするかなど、決めるのも難しく、決めた後の影響も大きい問題もあります。医学上の問題もさまざまです。肺炎や膀胱炎の患者さんに対しては、抗菌薬を開始することについてはあまり悩むことはないでしょう。治療の選択肢は1つであり、治療効果も明白で、治療による悪影響、副作用もあまり問題とならないからです。
表1 共同意思決定の定義
共同意思決定とは、患者と医療者がいっしょに医療(ケア)に関する決定に至るための共同プロセスです。患者が直ちに必要とする医療(ケア)のことも、アドバンス・ケア・プラニングのように将来の医療(ケア)のこともあります。医学的エビデンスと患者一人ひとりの選好(preference)、信念、価値観に基づいて検査や治療を選択することが含まれます。対話と情報共有を通じて、異なった選択肢のリスク、利益、可能性のある結果について患者が理解することを確実にします。この共同のプロセスは、その時、その患者にとって最良の医療(ケア)に関して患者が決定を下す(治療を受けないことや、現在おこなっていることを変えないことも)ことを可能にします。
英国国立医療技術評価機構(NICE; National Institute for Health and Clinical Excellence)の定義を小松が翻訳。
原文では、患者(Patient)ではなく、個人(Person)となっている。
National Institute for Health and Care Excellence: NICE. Shared Decision Making. NICE guideline[NG197]. 2021
一方で、どの治療選択が最良か、医師にも患者さんにも決めかねるという問題もあります。末期腎不全では、血液透析、腹膜透析、腎臓移植という治療法の選択肢がありますが、それぞれに利点、欠点があります。血液透析は週3回、クリニックに通院して1回4時間の透析療法をおこないますが、治療自体は専門家である医師、看護師、臨床工学技士が担当します。通院時間などを含めれば、週3日は1回あたり6時間くらいの時間がとられますが、治療が終わって帰宅すれば自由に過ごすことができます。一方、腹膜透析では、自宅で治療するので、病院にいくのは月1回ですみますし、夜寝ている間に自動で治療をしてくれる機械を使えば生活の制限はあまりないでしょう。その代わり、治療は自分でおこないます。どちらが良いかは、患者さんの生活スタイルや価値観によるので、医療者が判断することは困難です。一方、患者さんにしても、「どちらが良いですか?」と聞かれて、すぐに判断することは難しいでしょう。
慢性腎臓病治療に不可欠な共同意思決定
医療における決定プロセスは大きく3つに分けることができます(表2)。パターナリズム・モデル、インフォームド・モデル(情報選択モデル)、共同意思決定です。パターナリズム・モデルは、どの治療法が良いかを医療者が決めます。急性の病気や外傷では、このプロセスが取られることが多いでしょう。インフォームド・モデル(情報選択モデル)では、医療者が複数の治療選択肢を説明し、患者さんが自ら決定します。共同意思決定では、医療者が患者さんに治療法について説明し、患者さんは自分の気持ちや不安、生活スタイルなどを医療者に伝え、両者で話し合って最良の選択を決定するものです。どのプロセスが良いかは、決定が必要な問題によって異なりますが、慢性の病気に対する長期的な治療方針などでは、共同意思決定プロセスをとった方が、患者さんの納得、満足度が高く、その後の治療もうまくいくことが多いようです。
腎臓病治療では、透析療法の選択だけでなく、検尿で異常があった時に腎生検をするかどうか、IgA腎症の治療として扁桃腺摘除とステロイドパルス療法をするかどうか、糖尿病患者さんでは血糖管理の治療選択としてインスリンを開始するかどうか、なども共同意思決定の対象となります。
表2 治療法決定プロセスの比較
パターナリズム・モデル | インフォームド・モデル (情報選択モデル) |
共同意思決定 | |
---|---|---|---|
情報 | 医療者から患者に医学情報が伝えられる | 医療者から患者に医学情報が伝えられる | 医療者から患者に医学情報が伝えられる。さらに、患者から医療者に患者の価値観、懸念事項、生活スタイルなどが伝えられる |
検討 | 主に医療者 | 主に患者 | 患者と医療者 |
適した問題 | 治療選択はほぼ1つで、有効性が明白。リスクも低い | 治療の必要性は明白だが、リスクがある | 複数の治療選択肢があり、どれが有効かは不確実 |
例 | 肺炎の抗菌薬治療 | 交通外傷に対する緊急手術 | 腎代替療法選択 前立腺がんの治療選択 |
コラム
より良い治療を進めるために、患者さんも治療法の決定に参加しましょう。病気や治療法についてわからないことがあれば、遠慮せずに質問したり自分の希望や不安を医療者に伝えることが第一歩です。多くの医師や看護師は「よくわからないので、わかりやすい資料はありませんか」と言われたら喜んで探してくれるでしょう。