腎臓教室 Vol.97(2018年2月号)
研究がすすむ、慢性腎臓病(CKD)最先端!
便秘はCKD を悪化させる!?
最近、便秘が腎機能の低下を引き起こすのではないかという研究が注目されています。腸内細菌の変化や腸内細菌が作る尿毒素が悪影響を与えているのではないか、また食事から摂取したカリウムや尿毒素が体内に長時間停滞することの悪影響を表すデータも示されています。便秘を改善することで末期腎不全の予防になるのではないか、最新の研究結果を解説していただきました。
虎の門病院分院腎センター内科 住田 圭一 先生
腸内細菌叢と慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease: CKD)
便秘についてのお話をする前に、ヒトの腸管内に存在する細菌について簡単に説明させて頂きたいと思います。ヒトの腸管内には少なくとも500 種類以上、100兆個に及ぶ細菌が生息しており、”腸内細菌叢(そう)”と呼ばれています。この腸内細菌叢は、食物の消化吸収を助けるだけでなく、病原性微生物の侵入を防いだり、腸管の動きを適切に保つなど、とても重要な働きをしていることが近年明らかとなってきました。CKD 患者さんでは、乳酸菌やビフィズス菌など、いわゆる善玉菌と呼ばれる細菌の割合が減少するなど、腸内細菌叢が変化していることがわかっています。この変化した腸内細菌叢は、尿毒素の産生や炎症反応の上昇、免疫系の障害などをもたらして、CKDに悪影響を及ぼしていることも明らかになっています。便秘とCKD
CKD 患者さん、透析患者さんは、水分制限や食事制限(カリウム制限による食物繊維の摂取低下など)、薬剤の影響(リン吸着薬やカリウムを低下させるイオン交換樹脂など)により、便秘になりやすいことはよく知られています。便秘はQOL(quality of life:生活の質)の低下につながるだけでなく、腸閉塞や消化管穿孔(せんこう)などの重篤な合併症の原因にもなるため、日頃から適切に排便管理をすることはとても大切です。最近、この便秘がCKD 患者さんの合併症であるだけでなく、CKD の新規発症やその悪化速度にも影響することが明らかとなってきました。腎機能が正常な約350 万人を対象とした海外の研究によると、便秘のある人は便秘のない人に比べ、腎機能が低下する速度がより速く、将来的CKD や末期腎不全(透析や腎移植)に至る危険性が高まることが報告されました。さらに、より重症な便秘であればあるほど、それらの危険性がより高くなることも示されています(図1)。便秘がどのようにして腎機能に悪影響を及ぼすのかという理由は、まだ完全にはわかっていません。便秘治療に用いられる下剤の副作用(直接的な腎障害や脱水など)が、腎臓に悪影響を与える可能性も否定できません。便秘によって腸管内容物が腸管内に長時間停滞することにより、腐敗が進み、尿毒素などの有害物質が過剰に産生されることも原因の一つと考えられています。便秘による腸管内圧の上昇によって腸管の粘膜が障害され、これらの有害物質が吸収されやすくなっていることも事実です。また、便秘の人では上述の腸内細菌叢が乱れていることも知られており、このことが腎機能の悪化に影響している可能性も考えられています。
CKD 予防に便秘治療は有効か?
動物実験では、ルビプロストン(商品名:アミティーザ)という緩下剤(水分で軟らかくして排便を促す下剤)の投与により、腸内細菌叢の乱れが改善することや、血液中の尿毒素の濃度が低下すること、さらにはCKD の進行が抑えられることが確認されています。しかしヒトにおいて便秘治療がCKD の予防に有効であったという研究報告は、これまでのところ得られていません。現在、ヒトでも同様の結果が得られるかどうか検証が進められています。その他、腸内細菌叢の改善を目的としたプレバイオティクス(オリゴ糖など、生体に有益な腸内細菌を増やすための難消化性食品成分)やプロバイオティクス(乳酸菌やビフィズス菌など、生体に有益な生きた菌)の使用により、尿毒素など血液中の有害物質の濃度が低下することがヒトで証明されており、腸管蠕動(ぜんどう)運動の改善に加えて、CKD 予防の効果についても期待がもたれています。一方、便秘の治療薬として一般的によく使用されているセンノシドなどの刺激性下剤(腸管を刺激して排便を促す下剤)は、腸管壁への刺激が強く、腹痛の原因となったり、長期間の使用で耐性が生じて効果不十分となることが知られています。また、非刺激性下剤のうち最も使われている酸化マグネシウムは、腎機能障害があるとマグネシウムが十分に排泄されず高マグネシウム血症を生じる危険性があることから、CKD 患者さんへの使用は推奨されていません。