心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.92(2017年4月号)

ドクターが忘れがたい患者さんについて語るリレーエッセイ。
(先生の肩書は掲載当時のものです)

政金 生人先生   

医療法人社団清永会 矢吹病院

患者の訴えに潜んでいる真実を見落とすな

 「ヒロキさんは自分勝手な患者だ。」と申し送りがあった。腹膜透析のバック交換の回数を自己判断で増やして、透析液が足りなくなるとメーカーに直接電話していたかららしい。

 ヒロキさんは駅前の写真館のカメラマンで、「修学旅行に行く子供達の写真をとりにいかなくちゃいけないから、週3回の血液透析は無理だな。」と言って、山形大学の第1号の腹膜透析患者になった。日本海の病院から3年ぶりに大学病院に戻って再会したヒロキさんは、目を輝かせて腹膜透析をスタートした頃とは別人の苦行僧の様な顔貌だった。心不全、心筋梗塞、心臓カテーテル合併症の動脈解離、気管支ぜんそくなど様々な合併症で入退院を繰り返したのだという。

 「腹膜透析を2年ぐらいする頃から、尿量が少なくなってきて体調が悪くなったんだよ。しょっぱいもの食べて、濃い透析液を1回増やして除水増やすと調子よくなったんだ」。彼は自己流処方の理由を教えてくれた。それは、透析導入後残存腎機能が無くなり、尿毒症症状が再び出てきて、透析量を増やしたら調子がよくなったという当たり前のことだった。患者の訴えにどんな意味が潜んでいるのかを医療者側が理解できないと、自分勝手な患者とのレッテルを貼られてしまう。

 胃の具合があまり良くないと言っていたヒロキさんに胃癌が見つかったのは腹膜透析を始めて5年ぐらいたった時だった。手術をすれば治るはずの早期胃癌だった。「俺はもういいよ。もう痛い思いはいやだよ。」繰り返された苦痛の記憶が、胃癌を乗り越える気力を失わせていたのだった。何度か説得を試みたが、翻意できなかった。ラーメンが大好きで、外来日は大学病院前で辛ミソラーメンを食べて帰るのだった。最期は大学病院の一室で、夜勤の看護師がカップラーメンを少し食べさせたのだという。「うまかった」と一言残して旅だったと聞いた。55歳だった。

 矢吹病院チームの診療方針は「愛Pod」である。患者の訴え(patient)にもとづく(oriented)透析(dialysis)を愛情をもっておこなおうというものである。「患者の訴えに潜んでいる科学的真実を見落とすな」というヒロキさんのメッセージだ。大学病院を辞する最期の臨床講義にヒロキさんに出てもらった。それまでの経験で一番おもしろくなかったことはなんだったかと尋ねた。「先生みたいな若造にああだこうだ言われたことかな。」一同爆笑だった。

 僕の家族は折々に駅前の写真館に行く。かつてヒロキさんが働いたその写真館で、今はヒロキさんの息子のジュンさんが僕らの記録を残してくれている。

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