心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.110(2020年4月号)
(先生の肩書は掲載当時のものです)
菅野 義彦 先生
東京医科大学病院 副院長
腎臓内科 主任教授
「内科医の仕事は患者さんのことをよく知ること」
研修医のときには朝から晩まで病棟に居て入院患者さんを診ていましたので、その頃の患者さんのことは30年経った今でもよく覚えています。それぞれの患者さんで、ご本人を覚えていたり、ご家族を覚えていたり、カルテの一部や細い血管、覚えていることは違いますが、こうした患者さん達を毎日診ているうちに徐々に自分で色々と判断できるようになったことを思い出します。降圧薬や抗生物質などの大切な薬は上司の先生が決めますので、研修医に判断が許されるのは下剤とか睡眠薬程度でしたが、初めて自分で判断して下剤を処方したときはなんともいえない誇らしい気分になったことをよく覚えています。
しかしいま若い先生に「最初に受け持った患者さんを覚えていますか?」と尋ねると、半数以上の方が覚えていないようです。最近は入院期間も短くなりましたし、書類の仕事も私達の頃とは比べものにならないくらい増えましたので、医師と患者さんの関係も変わって当たり前です。私はいま副院長としていかに効率よく診療を進めるかという仕事をしていますので、こうした若い先生方が時間をかけて患者さんのことを理解して寄り添う邪魔をしているのかもしれません。
そして以前は病気に対して医師と患者が目指すゴールが一致していることが多かったのですが、最近は患者さんやご家族によってご希望が異なることが多いので、一人一人に同じスタンスで接することが難しくなっています。例えば私たちは疾患の管理に必要な範囲で普段の生活をなるべく詳しく知っておきたいのですが、そういうことをお話したがらない方も多くなりましたし、ご家族や血縁の方と疎遠な方も少なくありません。
私が医師として修業を積んでいる30年の間にいろいろなことがずいぶん変わってしまいましたが、今後はさらに変わっていくのではないかと思っています。医師が毎日朝から晩まで病院にいることは法律で許されなくなり、特に入院中はいろいろな医師が交代で管理することが増えていますので、患者さんもご自分のことを安心して任せられる主治医がわからなくなっています。
そんな時に外来や透析施設で変わらず担当している医師が役に立つのではないかと思います。一回の診察時間は短いですが、私の外来にも長い間通ってくださっている方がたくさんいらして、短い時間の中で旅行やご家族、お仕事の話をしてくださいます。それが積み重なると何時間もお話を伺ったことになりますのでその方やご家族の考え方がわかってきます。外来での看護師や栄養士、入院で担当する若い先生方とそういう情報を共有することでより理解することができます。時代がどのように変わっても内科医の仕事は患者さんのことをよく知ることだと思っています。