心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.112(2020年8月号)
(先生の肩書は掲載当時のものです)
丸井 祐二 先生
聖マリアンナ医科大学
腎泌尿器外科 病院教授
患者さんと医療者が一緒に考え、協力し、情熱的で意欲的な社会生活を続ける!
「僕にはオアシスに思えていました。」Bさんはそのように笑顔でいわれました。腎移植後20年になる頃に、腎機能低下のため、血液透析の再導入のお話を切り出したときのことです。「仕事で疲れて透析に行くと、ゆっくり休めて、体の調子が良くなって、帰るときには体が軽くなったんです」。私は驚いた表情でBさんを見つめていました。透析を笑って受け入れる方がいるなんて、思いもよらなかったのです。
Bさんは高校の教師をされていました。私の職場の同僚に、卒業生がいたことを話した折、「ああ、よく覚えています。彼女は活発な子だったなあ」といわれたことからも、生徒への熱心な指導のご様子が伺われました。お若いころからの腎臓病というだけでも、教師の仕事は楽ではありません。腎不全が進行する中で情熱を維持し続けることが、どれほど大変だったか想像に余りあります。そんななか、ついに血液透析を開始したときに、きっと体が楽になったと感じたのでしょう。それに加え、Bさんは、自分の体の変化よりも、ご自分の職務を全うすることに心を砕かれていたのではないでしょうか。
また、そんなBさんの姿を理解した医師の存在も重要で、仕事を継続するうえで、透析の必要性をわかりやすく説明してくれたのだと思います。そして、しかるべきタイミングを見計らって、シャント手術、透析導入とすることで、底辺まで落ち込んだ腎機能を透析で補うことが、いかに体調を回復させてくれるかをBさんに実感してもらえたのだと思います。その後、数年の透析生活を経て、Bさんに、腎移植を受ける機会が訪れました。そして、ご家庭を築かれ、目を悪くされて定年よりも前にお仕事の引退を決意されるまで、教師としてのプロフェッショナルを続けられたのです。
Bさんの姿は、腎不全外科に携わる、私の琴線に大きく響きました。教師は、教育を受ける生徒に大きな影響を与える重要な職業です。Bさんが、透析導入という、人生の一大事を笑って受け入れることができたのは、この職務に我が身を忘れて取り組むBさん自身と、周囲のプロフェッショナルがあってこそだと思いました。この姿勢は、眼前の患者さんのための、最良の選択と実践を、四六時中考えている外科医の矜持に通ずると感じたのです。
そして、ハタと気付かされたことがありました。腎代替療法においては、いろいろの制限がある透析は不自由なものという印象が強いのに対して、腎移植は透析から解放される存在としてとらえられています。しかし、現実的には90%以上の腎不全患者さんが透析を選択せざるを得ないのが現状です。ですから、今は、それぞれの置かれた立場での腎不全治療を受けるにあたり、患者さん、医療者が一緒に考え、協力して、情熱的、意欲的に社会生活を続けることを目標とするべきです。そして引き続き、腎移植を受ける機会が増える社会のために、できることを考え、行動をしていきたいと思っています。