心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.113(2020年10月号)

ドクターが忘れがたい患者さんについて語るリレーエッセイ。
(先生の肩書は掲載当時のものです)

山本 裕康 先生   

学校法人 慈恵大学
常務理事

目の前のことをひとつひとつ丁寧に

 子供の頃から病気ひとつしたことがなく、結婚して益々幸せに過ごしていたAさん。子宝にも恵まれ、子育てをしながら充実した日々を過ごしておられました。そんなAさんが私の病院に紹介受診されたのは、二人目の出産から数年経った頃でした。いつも元気いっぱいだったのに、「最近、どうも疲れやすい。息切れもするし、食欲もない。朝起きると気分が悪いことがある。」と地元の診療所を受診したところ、腎機能障害を指摘されたのでした。詳しくお話を伺い、いくつかの検査を含めて診察をさせて頂いたところ、軽度の妊娠高血圧症候群(いわゆる妊娠中毒症)から徐々に進展した高度の慢性腎臓病と判明、残念ですが既に透析導入は避けられない状況でした。体調不良の原因がわかったものの、透析というこれまで考えたこともなかった治療を今後ずっと継続しなければならないことに、大きなショックを受けておられました。

 しかし、しっかりとした治療を継続することで体調が維持できること、透析療法にも色々ありご自身の生活スタイルを中心に考えて選択できること、腎移植という選択肢もあること、などを繰り返しお話したところ、「自分にはまだまだやりたいことが沢山あるので頑張ります!」と凄く前向きにご返事を下さいました。その後、Aさんは数ヵ月間の血液透析で体調を整えたのち、自宅での時間を有意義に過ごそうと腹膜透析に変更して、ご主人と共にお子さん達を育てあげられました。そして、お子さんの成長を待ってご主人から腎移植を受けられ、今も元気に過ごされています。

 目標を持って生きることは素晴らしいことです。しかし、苦労せずその目標に進むことができる人はまずいないでしょう。大なり小なり何らかの障壁に遭遇すると思いますが、目の前のことをひとつひとつ丁寧に取り組めば道は拓ける、と信じて前進することの大切さを改めて教えて頂いた次第です。

 私ごとで恐縮ですが、早いもので医師として35年が過ぎました。そもそも癌の専門医になろうと考えていた私が、学生時代に最も取っ付き難いと感じていた腎臓内科の道に進み、これほど長く続けることになろうとは自分でも不思議でなりません。でも、その切っ掛けを頂いたのも、継続する力を与えて下さったのも患者さんでした。研修医時代、化学療法後に1日72リットルもの大量の尿が出た患者さんを担当し、腎機能の重要性と輸液療法の奥深さに衝撃を受け、また、生涯に亘って続く腎臓病との付き合いを患者さんやそのご家族と一緒に歩むことのできる遣り甲斐に気付くことができました。今では、腎臓内科医になって本当によかったと思っている次第です。これからも目の前のことをひとつひとつ丁寧に取り組み、患者さんと一緒に進んで行きたいと思っています。

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