心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.117(2021年7月号)
(先生の肩書は掲載当時のものです)
伊丹 儀友 先生
医療法人友秀会 伊丹腎クリニック
理事長・院長
高齢者が幸齢者であるための透析治療
子供さんたちが「何とか母を助けてほしい」と言ってクリニックを訪ねてきたのが、Aさんを知ったきっかけだった。聞くと主治医に「年齢も89歳であり、動きも緩慢で動けないような毎日なので、このまま透析しないで診ていくのがよいのではないか」と言われているとのことであった。それを聞き、驚いた家族が自分を訪ねてきたのであった。「何とか家事も休み休みながらもしているし、もう少し母に生きてもらいたい」という家族の切なる希望と92歳になる夫が「透析してくれるなら私が車で送迎します」という言葉にほだされて、外科医に内シャント造設を依頼した。内シャントはできたが、塩分水分管理がよくなく、全身の浮腫が進行し、1カ月後には胸水も貯留し、呼吸困難となり、透析しなくてもよいのではと言っていた医師の下で透析導入となった。透析導入は内シャントも使用でき、問題なく経過して2週間程度で外来透析となった。
Aさんは、初めて来た時は車いすで、倦怠感が強く、あまり話しもしなかった。また、塩分水分制限の程度がわからないためか、透析間体重増加量が大きく、透析後も体重がきちんと減らないまま帰宅することが多かった。それで「透析時間を長くします」と言うと文句も言わず透析を受け、透析回数を増加させると、夫が申し訳なさそうな顔をしてAさんを送ってきていた。本当に透析を導入してよかったのかわからなかった。しかし、透析を重ねるごとに顔色もよくなり自分で歩いて来られるようになった。「あの時は先生に助けていただいたそうで」とも言われるようになった。
近所にいる子供さんたちが買い物などを手伝ってくれているが、ずっとAさんは夫と二人暮らしである。透析導入後3年経った今、一度は心筋梗塞となったが回復して、家事も十分にこなしている。夫が車の免許を返還したので、現在はクリニックの送迎車で通ってきているが、Aさんは颯爽と車から降り、しっかりとした足どりでクリニックに入って来る。周りで見ている人に「あの人の年はいくつと思う?」と聞いて、実際の年齢を教えると驚く人が多い。
そんなAさんを見ていると、今は透析を導入してよかったと思う。それとともに、高齢者に透析導入をするかしないかの見極めは医療者にとって、とても難しいことだとも感じる。高齢者は同じ年齢でもとても元気な人から合併症などで衰弱している人がおり、一言ではくくれない。尿毒症症状や貧血の症状によって認知機能が低下したように見える患者が、透析することによって改善することもある。Aさんは、高齢者が幸齢者であるための透析治療もあることと高齢者の生のすばらしさを認識させてくれた人である。