心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.119(2022年1月号)

ドクターが忘れがたい患者さんについて語るリレーエッセイ。
(先生の肩書は掲載当時のものです)

心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.119(2022年1月号)

和田 隆志 先生   

金沢大学
腎臓内科学 教授

原因不明の貧血を呈した患者さんからの教え

 心に残る患者さん、と聞かれると、さまざまな方のお顔が走馬灯のように思い出されます。そのなかでも、原因不明の貧血を呈し、治療により改善したものの、そのメカニズムがよくわからなかった患者さんがおられます。初めて診察させていただいてから十数年後になり、ようやくメカニズムの一端がわかりました。貧血と関連する可能性がある新たな現象を見出せたことから、臨床医として、研究者として、忘れられない患者さんのお一人です。

 その患者さんは私が卒業後まもなく診察させていただいた方です。造血作用を有するエリスロポエチンは高値でしたが、骨髄内で造血にむけた反応がみられない状態でした。その結果、急速に貧血が進行しました。原因不明の貧血でしたが、その後の治療により回復されました。笑顔で退院され、私自身も安堵しました。しかし、その貧血のメカニズムが課題でした。原因がよくわからなかったため、私の頭に疑問が残り続けました。

 その後、数年たって、関連するかもしれないメカニズムが論文で報告されていることに偶然気がつきました。エリスロポエチン自体を阻害する物質があるという報告で、この患者さんの貧血の要因かもしれない、と感じました。これであれば、この患者さんの造血作用が阻害されるメカニズムになりうると直感的に思いました。その後、実験を繰り返し、実際、同様の阻害因子が存在することを見出しました。そこでまた、「本当にこれだけで説明しきれるか?」と、新たな疑問が出てきました。さらに、新たな因子を探したところ、エリスロポエチンの作用に欠かせない受容体に対して、新規の阻害因子が見つかりました。この因子の存在や数値がその後の腎機能の変化にも関連することが判明し、これが世界で初めての報告となりました。

 現在、私たちはこの新たな因子が、その患者さんの未来の腎機能を予測する臨床検査(バイオマーカー)になるのではないかと期待し、検討を重ねています。日本国内で見出し、測定法を確立した因子ですので、国際的にもその臨床的意義があるのかは次の重要な課題です。海外の共同研究者とともに検討した結果、民族差をこえて腎機能の推移を同様に反映することを見出しました。現在も国際的共同臨床研究をさらに進めており、将来の臨床への還元を夢見て研究を重ねています。

 この新規因子の検討をするたびに、卒業後まもな私が担当させていただいた患者さんを思い出します。本当にさまざまな教えをいただいたと実感しています。まさに、冲中重雄先生が残された「書かれた医学は過去の医学であり、目前に悩む患者の中に明日の医学の教科書の中身がある」という言葉の意味を感じています。もとより微力ですが、少しでも目の前の患者さんが笑顔になってもらえるように努力を続けていきたいと思います。

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