心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.125(2023年7月号)

ドクターが忘れがたい患者さんについて語るリレーエッセイ。
(先生の肩書は掲載当時のものです)

心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.125(2023年7月号)

伊藤 恭彦 先生 (いとう やすひこ)

愛知医科大学 
腎臓・リウマチ膠原病内科 特命教授

在宅医療の重要さを再認識した患者さん

 今日、腎代替療法選択外来では、血液透析、腹膜透析、腎移植の3つの治療法が提示され、患者さんの価値観やQOLも考慮し治療法を決めることが推奨されている。腹膜透析は血圧の変動などが少なく、体に優しい穏やかな透析と言われているが、普及率は依然低い。私が診させていただいた多くの患者さんの中からご高齢の2名の方を思い出した。

 80歳前後の独り住まいの高齢男性。認知症が進んでおり、入院すると混乱し自室にも戻れないこともあった。カンファランスでは、腹膜透析は無理であろうという意見が大半を占めていたが、患者さんは、血液透析は避けたい、腹膜透析をしたいとの強い希望がありおこなうことになった。カテーテル挿入後、私とスタッフで繰り返しバッグ交換指導をおこなった。1手技1枚の方針で作成したバッグ交換マニュアルを見て、1手技終わるごとにファイルをめくり、声を出して手技内容を確認しながらおこなうことを指導した。退院後、訪問看護師さんに1日2回入っていただき継続することができた。導入半年後、訪問看護師さんが看護学校の学生を連れて訪問した際、自ら学生さんに手技を説明されたと聞き大変喜んだ記憶がある。

 94歳女性。92歳の夫、62歳の次女と3人暮らし。活動はシルバーカーを用いてのトイレ歩行程度。週2回ヘルパーさんが訪問。高血圧、慢性腎不全、関節リウマチで近医にかかっており、ステロイド長期使用のため皮膚は脆弱であり皮下出血も目立っていた。腕は細く自己血管でのシャント作製は難しい状況であった。一方、巨大な両鼠径ヘルニアがあり腹膜透析を選択するのであれば手術が必要であったが、皮膚の状態を見た外科医は手術を避けたいと伝えてきた。しかしながら、ご本人に認知症はなく、意欲もあり、在宅治療である腹膜透析を強く希望された。ご主人と過ごす時間も長くとれるということからおこなうことになった。94歳であったが、全身麻酔でカテーテル挿入術と両鼠径ヘルニア手術をおこなった。導入後、体調も良くなり2回のバッグ交換のみで尿も1200cc以上となり、毎食完食、好きな果物も食べることができた。家族の笑顔も増えた。訪問看護師さんが毎日1時間ほどバッグ交換とともに看護し、在宅医の先生は週1回の往診、大学病院へは4~6週に1回程度の来院であった。その後、肺炎をおこし、ご自宅で家族や在宅医師に見守られ97歳で息をひきとった。亡くなる直前に『私は、今日死にます。皆さん本当にありがとう』とおっしゃられ、最期まで自宅で家族一緒に過ごすことができたことにお礼の言葉を残された。後に、家族は深く感謝し幸せな人生であったと思うと大学まで挨拶に来てくださった。

 在宅医療のすばらしさ、医療連携の重要さを痛感した患者さんであった。ご高齢の方には可能な限り在宅医療チームの支援を受けながらご自宅で療養していただければと思っている。

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