心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.129(2024年7月号)

ドクターが忘れがたい患者さんについて語るリレーエッセイ。
(先生の肩書は掲載当時のものです)

心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.129(2024年7月号)

櫻田 勉 先生 (さくらだ つとむ)

聖マリアンナ医科大学病院
腎臓・高血圧内科 教授

「治療の合う、合わないは私が決めることです」

 当院では2013年より腎代替療法が必要となる患者さんを対象として、患者さん、ご家族、医師及び看護師が同席して話し合いをおこなう外来を開設しております。当時は透析療法だけの情報提供であったため「透析療法選択外来」と名付けていましたが、2022年より腎移植の情報提供もおこなうようにしたため「腎代替療法選択外来」と名称を変更しました。しかし、患者さんは「この外来で治療を選択しなければならない」と捉える方も多く、受診を拒否される方もいたため、今では「腎代替療法説明外来」に変更しています。また、最近では透析導入を望まれない高齢者に対しては保存的腎臓療法についての情報提供をおこなうこともあります。

 この腎代替療法説明外来では参加者にそれぞれの役割があります。患者さんは自分がどこまで治療や腎臓病について理解しているかを確認するとともに、内に秘めた思いを参加者と共有することが重要です。また、ご家族は患者さんの思いを代弁することもあり、患者さんに対しての支援についても考え、患者さんの気持ちを理解することが大事です。看護師は患者さんやご家族の不安を傾聴し、生活様式などを聴き取りながら、わかりやすい言葉でそれぞれの治療を説明しなければなりません。医師はその患者さんにおける治療上の利点と欠点を説明するとともに、手術前の評価において必要な事を確認し、最新のエビデンス(証拠という意味で、医療現場で使われる場合は薬や治療法が良いと判断する際の証拠のことです)に基づいた情報提供が求められます。

 この外来を受診し、医療者とご家族と情報共有し、腹膜透析を選択した患者さんを紹介したいと思います。

 遺伝性の腎臓病による末期腎不全で既にご家族が血液透析を受けていました。働き盛りの30歳代の男性で、仕事の継続を希望していたので我々は腹膜透析を勧めました。また、結婚されており、授かった子供が腎臓病を発症した際には妻から子供へ腎臓を提供することも考えられていました。腹膜透析を始めた当初は手技の不安や夜間に治療をおこなう自動腹膜透析の装置の音が気になって眠れないと訴えられていましたが、徐々に生活のリズムが整うようになりました。しかし、会社の付き合いで外食が増え、残存していた腎機能が速く失われてしまい、想定よりも早く血液透析に変更しなければならなくなりました。そこで、私から話を切り出しました。「大変残念ですが、治療法の変更を考えなければなりません」すると患者さんは「残念じゃないです。治療の合う、合わないは私が決めることです。でも腹膜透析を経験していなかったら、合うか合わないかわからなかったので、やってみてよかったです! 私に合わなかっただけですから」

 とかく、医療者は治療法を長くおこなうことが成功と考えがちですが、この患者さんから頂いた言葉により、患者さんと向き合って腹膜透析を勧めたことが正しかったと改めて認識しました。

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