心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.130(2024年10月号)

ドクターが忘れがたい患者さんについて語るリレーエッセイ。
(先生の肩書は掲載当時のものです)

心に残る患者さん ~ドクターズエッセイ~Vol.130(2024年10月号)

正木 浩哉 先生 (まさき ひろや)

医療法人 正木医院

「腹膜透析という選択肢があります!」

 思い起こせば、透析医療にかかわってすでに40年になります。10年前までは大学病院の腎臓内科・透析センターの医師として、その後、京都の一般内科の診療所で腹膜透析患者さんの診療にも従事しています。

 なぜ、私が今でも腹膜透析に取り組んでいるのかは、大学病院に勤務していた際に見た透析患者さんを対象としたアンケート結果でした。半数以上の方が腹膜透析の説明を受けていないというもので、患者さんの治療選択の権利が守られていない現実に大きな衝撃を受けました。これをきっかけに、腎代替療法選択に力を入れるとともに腹膜透析にそれまで以上に取り組みました。まずは、看護師さんが主体で腎代替療法選択外来と腹膜透析看護外来を開設しました。しかし、次に「自身では腹膜透析を実施できない患者さんをどうするのか」という大きな課題にぶつかりました。そこで、2010年に地域の病院、診療所、訪問看護ステーション、介護事業所、有料老人ホーム、障害者支援施設などが連携した腹膜透析地域医療の会「京阪PDネットワーク」を立ち上げました。

 今回は、その初期に出会った患者さんを紹介します。患者さんは有料老人ホームに入居中の80代後半の男性でした。認知症も介助もなしで過ごしていましたが、腎不全が進行し透析が必要な状態になり、腹膜透析を選択しました。入居施設での生活を大変気に入っており、できるだけ今の生活を続け、最期はその施設で迎えたいとのことでした。施設に入所中の方の腹膜透析を実施するのは我々も入所施設も初めてでした。幸い、入所施設が腹膜透析の実施を受け入れ、近隣の診療所が訪問診療と看取りを引き受け、さらに施設看護師さんがお休みの日は訪問看護ステーションが介入して頂けることになりました。そして我々大学病院の腹膜透析外来には月1回受診としました。結果、腹膜透析を順調に実施でき、約1年後に亡くなられるまで、施設で趣味の庭いじりや大好きなビールを楽しむ生活を送りました。亡くなられた後、ご家族が挨拶に来られ「腹膜透析を選択して良かったです。父も最期まで気に入った場所で過ごせて満足して穏やかに亡くなりました」とおっしゃいました。その時に頂いた嬉しそうにビールを飲んでいる写真は今も大切にしています。

 この経験を通じて、自身では腹膜透析を実施できない方や施設入居者にも地域の複数の医療介護施設が連携することで腹膜透析を提供できることを確認しました。また、施設血液透析では通院が不可能になれば入院になり病院で最期を迎えるしかない場合が殆どですが、腹膜透析は患者さんが望む日常生活を維持し、自分の望む場所で最期を迎えることができる治療法であることも確認できました。

 この記事をお読みの方で、今後透析が必要になった際や、既に血液透析を受けている方でも腹膜透析に興味をお持ちになられた際には主治医に相談したり、腎臓サポート協会「腎臓病なんでもサイト」の病院検索から腹膜透析実施医療機関を選び気軽に相談してみてください。

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