特集 ~生活不活発病を防ごう~(2021年2月号)

腎臓病と共にイキイキと暮らす方々に、腎臓サポート協会理事長 松村満美子がインタビュー
(職業や治療法は、取材当時のものです)

特集:~生活不活発病を防ごう~
【特集1】運動で腎不全の進行を予防しQOL改善
【特集2】かんたんエクササイズで腎機能もアップ!

家にいる時間が長くなった今だからこそ知りたい腎臓を守るポイントと運動の重要性についてと、自宅でもできるかんたんな運動を教えていただきます。

【特集1】運動で腎不全の進行を予防しQOL改善

 コロナ禍で広まる「生活不活発病」。腎臓サポート協会が2020年6月におこなった腎臓病患者さんに対する新型コロナウイルス感染症に関するアンケートでは、感染したら重症化することへの不安などから外出や受診頻度が減るなど、日常の活動が低下し、心身に大きな影響を及ぼしていることがわかりました。家にいる時間が長くなった腎臓病患者さんに向けて、今だからこそ腎臓を守るポイントと運動の重要性について教えていただきます。

つばさクリニック院長 大山恵子 先生
2013年スポーツトレーナーの指導による透析患者への運動療法を開始。2016年、日本医療ホスピタリティ協会主催「医療アワード2016」にて最優秀賞受賞。日本腎臓リハビリテーション学会代議員。腎臓リハビリテーション指導士。透析運動療法研究会世話人。2022年 第12回 透析運動療法研究会 大会長

特集Vol.115

1.慢性腎臓病(CKD)と運動

大山先生

特集Vol.115

CKD患者さんは安静が第一といわれていた時代がありました。運動すると尿たんぱくが増え腎臓のろ過機能を果たしている糸球体に負担がかかると思われていたからです。しかし近年では、適度な運動が腎機能障害の進行を抑え、透析に至っていない患者さんのみならず、透析をしている患者さんにもよい影響を及ぼしていることがわかってきました。
 たとえば保存期の患者さんを、通常の治療のみをおこなうグループと、通常の治療に1回40分のウォーキングを週3回加えたグループで腎機能の変化を比較した研究があります。通常の治療のみのグループの腎機能は低下する一方でしたが、運動を加えたグループは運動開始後から腎機能が改善しました。(I-Ru Chen, et al. Clin J Am Soc Nephrol.2014;9:1183-9)
 透析患者さんでも、運動していない患者さんでは1年後の死亡率が運動している患者さんの約1.8倍になるなど、生命予後が悪い結果が報告されています。(表 O’Hare et al,2003)

2.筋力と筋肉量の維持が重要

大山先生 CKD患者さんは、コロナ禍では自身が重症化するリスクが高いことを知っているため、ステイホームや不要不急の外出自粛を守っています。人は35歳以上になると1年で1%の筋肉が減少するといわれています。そのうえコロナ禍でさらに活動量が低下すれば、筋肉量と筋力が低下する「サルコペニア」や、身体的・精神的・社会的活動量の低下が起こる「フレイル」のリスクが高まります。
 保存期の患者さん385名の運動能力と生命予後を3年間比較したところ、歩行速度が遅く、6分間の歩行距離が短く、握力が弱いような運動能力が低下している患者さんで予後が悪くなっているという報告もあります。(Roshanravan B etal : J Am Soc Nephrol 24:822,2013)
 家に引きこもって横になっていたり座っているだけでは、どんどんサルコペニア、フレイルになってしまいます。筋肉量や筋力を維持する運動の必要性を理解し、自宅でもできる適度な運動をおこないましょう。

3.まだまだある! 運動する効用

大山先生 運動は心臓や肺(心肺機能)を元気にしてくれますし、コロナ禍で生活不活発病のために食欲が低下して栄養状態が悪くなる傾向の患者さんでは、食欲が増進し栄養改善にもつながります。さらに、気分転換にもなってうつや不安を緩和する効果もあり、生活の質(QOL)や日常生活動作(ADL)を改善してくれます。
 主治医や看護師さんと相談して、できる運動から始めたり、生活のなかで意識的に身体を動かす工夫をしてみましょう。特に、高齢の方は、転倒のリスクもあるため、簡単な運動能力テストをおこなってから能力に合った運動をすることも大切です。
 運動を始めるときは、最初は低強度の運動からおこなうようにしましょう。仰向けのままとか座ったままできる運動を週2~3回から始め、だんだんと負荷を大きくしていくことが大切です。当院では積極的に運動療法を取り入れています。コロナ禍で暗い顔で来院してくる患者さんたちも、運動を始めると自然と笑顔になりニコニコと楽しそうに動いてくれています。それを見るとやはり運動は心身共に元気にしてくれることを実感します。

4.適切なたんぱく摂取も大切

大山先生 運動を始めると、クレアチニンが上がったり尿たんぱくが出ることがありますが、日常生活や健康寿命に必要な筋肉をつけるだけなら、しばらくすると上がらなくなり横ばいになりますから、それを維持すれば、CKDの進行を抑制する効果が期待でき ます。
 またCKD治療のひとつにたんぱく質制限が ありますが、食事制限のため痩せて筋肉が少ない人が運動を始める場合は、しっかり食べて適切な量のたんぱく質をとり、栄養状態を改善しながら運動することが大切です。摂取するたんぱく質量は、血液検査のデータから適正体重(BMI)や体組成を考えて調整する必要があります。透析患者さんは定期的に血液検査をしていますが、保存期の患者さんも定期的に検査を受け、主治医や管理栄養士と相談しながら進めましょう。
音楽に合わせた無理の無い運動で症状改善
 つばさクリニックでは、透析中の方や高齢の方、ADL(日常生活動作)の低下した方でも無理なくできる「つばさミュージックエクササイズ (TMX)」に取り組み、成果をあげています。筋肉量の増加や運動機能の改善が確認され、患者さんからは「下肢つりが無くなった」「便秘が治った」などの声が聞かれています。この動画はつばさクリニックのホームページでみることができます。
つばさミュージックエクササイズ
*****運動で元気になった患者さん*****
運動と食事で腎機能改善、保存期をキープ
KYさん(54歳、保存期、男性、高血圧、脳梗塞)
 食べることが好きで、健診のたび肥満や高血圧など生活習慣病のリスクを指摘されていました。 自覚症状がなく暴飲暴食を改めることなく過ごしていたら、6年前に脳梗塞で倒れ(GFR45、CKDステージG3a)、「このままだと透析」といわれました。危機感を持ち食事療法と運動療法を始めたらデータが改善、今ではGFR66、ステージG2まで回復し、透析への移行を回避できています。

【特集2】かんたんエクササイズで腎機能もアップ!

 基礎疾患はあっても、できる運動から始め、少しずつ強度を上げていくことで、日常生活が楽になり、毎日を元気に過ごすことができます。健康トレーナーであり腎臓リハビリテーション指導士の大山高史さんに、自宅でもできるかんたんな運動を教えていただきます。

特集Vol.115

メディカルフィットネス T’s Energyトレーナー
大山高史 さん
NSCA認定パーソナルトレーナー・JSI認定フィットネスリーダー・JATI認定トレーニング指導者・健康運動指導士・腎臓リハビリテーション指導士

体力チェック① 指輪っかテスト

特集Vol.115

❶両手の親指と人差し指で輪を作る
❷利き足ではない方のふくらはぎの一番太い部分に当てる

特集Vol.115

大山さん家のなかでよくつまづいたり滑ったりする人は、下半身の筋力が弱っているかもしれません。ふくらはぎの筋力や柔軟性を高めましょう。

ふくらはぎの運動(つま先立ち運動)

特集Vol.115

❶ つま先と膝を正面に向けます。
❷ 踵をしっかり上げて、つま先立ちになります。

体力に自信がない方は5回を2セット
体力に自信がある方は10回を2セット

転倒防止のため壁などに手をついておこないましょう

大山さんふくらはぎの筋肉は歩行に必要不可欠な筋肉です。 歩行能力が衰えないように鍛えていきましょう。

立ち座り運動

特集Vol.115

❶ 背筋を伸ばして座った状態から、猫背にならないように立ち上がります。
❷ 座るときは、できるだけゆっくりお尻を引きながら座りましょう。
❸ 動作に慣れてきたら回数を増やしていきましょう。

体力に自信がない方は5回を2セット
体力に自信がある方は10回を2セット

大山さん下半身の筋肉は大きいため、筋力アップには最適です。太ももの前側、太ももの裏側、お尻といった筋肉を意識的に鍛えていきましょう。

体力チェック➁ペットボトルの蓋テスト

■両手でペットボトルの蓋を開けてみましょう。

特集Vol.115

大山さん握力10㎏を下回るとペットボトルの蓋の開封が困難になります。女性は18kg、男性は28kg以上が理想です。握力は全身の筋力の指標といわれています。上半身の運動習慣を増やし、全身の筋力アップをしていきましょう。

壁を使用した腕立て伏せ運動

大山さん上半身を使用した筋力トレーニングです。普段の生活ではあまり意識しないような、胸・肩・腕といった筋肉を鍛えて、上半身の筋力アップを目指しましょう。

特集Vol.115

❶ 背すじを伸ばして、手を壁につけます。
❷ 肘を曲げ胸を壁に近づけ、両手で壁を押しながら開始の姿勢に戻ります。
❸ 常に身体は真っ直ぐを維持し、胸を開くように意識しましょう。

体力に自信がない方は5回を2セット
体力に自信がある方は10回を2セット

・手の高さは、肩の高さよりも手のひら1~2つ分くらい低い位置を目安とします。
・手の幅は肩幅よりもやや広めにしましょう。広く取ることにより胸が開きやすくなります。
・壁から3足分くらい離れましょう。距離を離すことにより強度が増します。

背伸び運動

大山さん上半身のストレッチ運動です。背すじを伸ばすことにより、猫背の予防と改善に効果があります。座ってできるため、仕事中やテレビを見ながらでもおこなうことが可能です。

特集Vol.115

❶ 両手を組んで、前に出しながら背中を丸めます。
(息を吐いて)
❷ 両手を天井に伸ばしながら、背中を伸ばしていきます。
(息を吸って)

5回を2セット

*****運動で元気になった患者さん*****

車椅子から自立歩行に
KIさん(83歳、女性、透析8年、糖尿病、脳梗塞)
 2013年、ご主人が押す車椅子に乗って来院していたKIさん。運動を勧めても「もう年寄りだから」と断るばかりでした。ところが周りの人が元気になるのを見ているうちに気が変わり、運動を始めることになりました。数ヵ月後、自分で車椅子を押して来院。さらに数ヵ月後、ご主人と二人、仲良く手をつないでやってきたのです。
毎日、四股・腹筋・背筋・腕立て120回
SWさん(83歳、男性、保存期、痛風、高血圧)
 柔道歴71年のSWさん、痛風で足が腫れ、痛くて歩くことも苦しく7年前に受診。クレアチニン2.05、尿酸値も高く、食事の徹底管理を開始。運動療法も始めたところ、立っているのもつらかったのが、今では若い学生とも組みあっています。もともと運動大好き、筋肉を鍛えれば腎機能も回復すると、日々トレーニングを続けています。

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