腎臓教室 Vol.120(2022年4月号)
腎臓病のお子さんの子育てと成長過程における注意点
腎臓病と言っても、お子さんによって病態や程度はさまざまです。生活の質(QOL)に大きな影響を与える食事、運動、学校生活については、少しずつ新しい知見が積み重ねられて、なるべく制限を減らす方向に変わってきています。
監修:幡谷 浩史 先生
東京都立小児総合医療センター 総合診療部総合診療科部長
腎臓内科部長
経験は成長の栄養素
生まれてきた赤ちゃんがどんな子どもに、そしてどんな大人になって欲しいですか?人さまざまだと思いますが、健やかに育って欲しいという点は共通していることでしょう。さらに、成長の過程で社会の荒波に抗う術も身につけて欲しいものです。そのために必要な心身の発育には、子どもの時にしかできないさまざまな経験が大切な栄養素になります。
腎臓は不要な老廃物、水分などを捨てて体の環境を整える働きがあります。そして、腎臓の働きが急激に低下するか、透析が必要なくらいまで悪くならないと、症状を自覚しにくいという特徴があります。そのため大事を取って、腎臓に病気があるなら安静にしなさい、食べ物を制限しなさい、と言われることがあります。果たしてどの程度の制限が必要なのでしょう?実は、正確なことはよくわかっていません。それどころか最近は、一部の病気の状態を除いて、制限は基本的に不要と小児腎臓疾患の専門家達は考えています。
学校検尿で症状が出るより前に糸球体腎炎を発見でき、また、最近は胎児の超音波検査で腎・尿路の形の異常が生まれる前にわかるようになりました。早期発見は早期治療に結びつき、将来の腎臓の働きの悪化を防ぐことができます。しかし、必要のない心配・治療を生み出している可能性もあります。根拠がはっきりしない制限は発育に必要な栄養素を制限してしまう危険性があるのです。
基本的に制限は不要
運動をすると筋肉を巡る血液が増えるため、一時的に腎臓に来る血液の量が減少します。また、尿に漏れるたんぱくが増加します。しかしそれらの変化は、例えば早歩きをすると一時的に心拍数が増える程度の生理的な変化の範囲と言うことがわかっています。大人では、適度な有酸素運動によって長期的には尿たんぱくが減り、腎機能障害の進みがゆっくりになるなど運動による良い面がたくさん報告されています。さらに、運動制限による筋肉量の低下の方が生活の質を落とし、大きな問題になることがわかり、最近では適度な運動が積極的に推奨されています。子どもの研究は少ないのですが、腎移植(=腎機能障害あり)した子ども達で運動する群、しない群に分けた研究では運動による腎機能への悪影響はないなど、大人と同様、運動機能や心肺機能、生活の質(QOL)の向上に関する報告があります。
2011年の日本小児腎臓病学会評議員のアンケート結果(回答数54)では、「なるべく運動制限をおこなわない」「一律の制限は困難なので、個別に対応」という意見が多く、その他にも専門家の中で意見がさまざまに分かれていました。これは確固たる根拠となるデータがなかったためです。しかし、2018年のガイドライン(エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2018)では、このようなさまざまな機能やQOLの改善に注目し、軽度~中等度の運動をおこなうように推奨されました。 食べ物の中でも、たんぱく質は腎臓が処理しなくてはいけない老廃物のもとですので、大人の一部では腎機能障害の進行を遅くするためにたんぱく質制限を導入する場合があります。しかし子どもでの有効性が不明です。そして、小児期にしか得られない身体的成長、周りの人と一緒の食事を摂るなどの経験による心理社会的発達という子どもにとって重要なことに悪い影響を与えかねません。このように、新しい知見に基づいて、生活の管理は徐々に変わってきています。そのため、子どもにたんぱく質制限はしていません。
しかし、腎臓の病気といっても状態がさまざまなので、例外はあります。例えば、コントロールされていない高血圧を合併している場合は、血圧が上がる激しい運動に注意が必要です。また、腎機能がかなり低下している場合や、どんどん悪化する腎炎であることが否定できない、発見早期の高度血尿・たんぱく尿がある場合では、運動部などのハードなトレーニングは一般にお勧めしていません。しかし、「スポーツ命」くらい打ち込んでいるのであれば、データをチェックしながらできる範囲を確認していく、という姿勢も許容されると思います。「絶対ノー」と言える根拠がないのです。食事の面では、腎臓の働きの低下にともなってカリウム、リンなどのミネラルが溜まってしまう場合には、それぞれ不整脈や骨の変化を来たす原因になるため、食事内容を見直す必要があります。また、たんぱく質も過剰に摂取している場合には平均的な食事にするようにしています。
また、子どもの先天的な腎臓病の一部では、塩分と水分が大量の尿として出るために、大人の腎臓病で言われている「塩分制限、水分制限」をすることで逆に腎臓の働きを悪くさせてしまうことがあります。正しい知識を持って対応することが大切です。
学校行事
生まれつき腎臓が1個でも、その1個がしっかり働いていたら体のバランスはきちんと保たれます。だからこそ腎臓1個を提供する生体腎移植が可能なのです。もっと言えば、腎臓の働きがほとんどなくなって透析している子ども達でさえ、体育に参加し、学校生活を楽しんでいます。幼稚園、学校では、多くの子ども達が一緒です。みんなとの運動会や遠足、修学旅行は大きくなっても大切な思い出として記憶に残っていますよね。しかし病気の子ども達を預かる立場に立てば、「何かあったら大変」と制限しがちなのも理解できます。それもお子さんのことを心配してのこと。正しい知識を共有して不要な制限はなくしていけるといいですね。担当の先生と協力して、学校の先生も味方にして子ども達に色々な経験ができる環境を作っていきましょう。
定期検診
体の成長とともに腎臓に掛かる負担が変わりますし、病気・状態によって必要な頻度は異なりますが、色々なことができるのも、データの裏付けがあるからこそです。また、例えば程度の軽い水腎症のように、経過観察が途中で不要になる病気もあります。単腎症の場合のように、腎機能が落ち着いていても、思春期の年代で超音波検査によって内性器の評価をするなど、成長とともに評価できるものもあります。症状がないからと病院から遠ざかるのではなく、次は何年後、というように、担当の先生と相談し、定期的な検診はしっかり受けてください。コラム
子どもの腎臓病は罹患期間が長いので体や心の発達過程に大きな影響を及ぼします。100万人あたり約4人の割合で、透析が必要な末期腎不全を発症していると言われていますが、学校生活になるべく影響しない腹膜透析をおこなったり、条件が合えば腎移植も検討されます。過度な心配や制限をせず、本人と家族、医療機関、学校が連携し、治療と成長過程を見守りたいものです。
★腎臓病のお子さんとそのご家族のオンライン交流会・相談会を予定しています。ご興味のある方は、事務局までご連絡ください。